ベトナムは南北に長い海岸線と豊かなメコン川流域を持つ国として、魚介類が食文化の中心にあります。
今回は、現地在住4年目のライターが、ベトナムの魚に関するあらゆる情報をお届けします。
市場での選び方から伝統料理、そして各地域の特色ある魚料理まで、ベトナムでの魚との関わり方を網羅的にご紹介します。
観光客だけでなく、駐在員や長期滞在者にとっても役立つ情報が満載ですのでぜひご覧ください。
ベトナムの魚の種類と特徴
ベトナムは地理的に恵まれた環境にあり、海水魚と淡水魚の両方が豊富に獲れます。南シナ海に面した2,000km以上の海岸線とメコンデルタの広大な水域が、多様な魚種の宝庫となっています。
海水魚の種類
ベトナムの海水魚は種類が豊富で、市場やレストランでよく見かけるものには以下のようなものがあります。
カー・ホン(Cá Hồng): 赤鯛に似た魚で、蒸し料理に最適
カー・チェム(Cá Chẽm): スズキの一種で、高級レストランでも提供される
カー・ビエン(Cá Biển):小型の海水魚の総称で、揚げ物に使われることが多い
カー・ムー(Cá Mú):ハタ科の魚で、特に蒸し料理で美味
中でもカー・チェム(スズキ)は、ベトナム料理の中でも高級食材として扱われ、特別な行事やレストランでの食事に欠かせません。新鮮なものは身が引き締まっており、蒸し料理や煮付けにすると絶品です。
淡水魚の種類
メコン川流域を中心に、ベトナムには多様な淡水魚が生息しています。
カー・ロック(Cá Lóc):ライギョの一種で、南部料理の定番
カー・ディエウ・ホン(Cá Diêu Hồng):ティラピアの一種
カー・チェップ(Cá Chép):コイの一種で、祝い事に使われることも
カー・タイ(Cá Tai):小型の淡水魚で、揚げて食べることが多い
特にカー・チャー(パンガシウス)は、ベトナムの主要輸出品の一つとなっており、養殖が盛んに行われています。メコンデルタ地域では、広大な養殖場でパンガシウスが育てられ、世界中に輸出されています。
地域による魚の特色
ベトナムは南北に長い国土を持つため、地域によって獲れる魚や調理法に特色があります。
北部(ハノイ周辺):淡水魚を使った煮込み料理や蒸し料理が多く、香草をたっぷり使うのが特徴です。ハロン湾では新鮮な海産物も楽しめます。
中部(フエ、ダナン):辛い味付けの魚料理が多く、魚醤を使った発酵料理も特徴的です。特にフエでは宮廷料理の影響で繊細な魚料理があります。
南部(ホーチミン、メコンデルタ):甘めの味付けが特徴で、ココナッツミルクを使った魚のカレーや、魚の揚げ物にスイートチリソースをかけるスタイルが人気です。
私が特に驚いたのは、同じ魚でも地域によって調理法や味付けが大きく異なることです。例えば、北部ではディルなどのハーブを使った淡白な味わいの料理が多いのに対し、南部では甘辛いソースで味付けされることが多いように感じます。
参考データ:ベトナム水産総局の魚種データベース
http://www.fistenet.gov.vn/
ベトナム市場での魚の購入方法
ベトナム人が魚を購入する際には、現地の市場(チョー/Chợ)が最も一般的です。
最近ではスーパーマーケットで買われることも増えましたが、新鮮な食材は市場に売られているとベトナム人の友人はよく話しています。
新鮮な魚を選ぶコツや価格交渉の方法など、実用的な情報をお伝えします。
市場での魚の選び方
ベトナムの市場では、多くの場合、魚は生きた状態か、つい最近捌かれた状態で販売されています。
新鮮な魚を選ぶポイントは以下の通りです。
エラの色: 鮮やかな赤色であれば新鮮です。茶色や灰色になっている場合は時間が経っています。
身の弾力: 指で軽く押して、すぐに元に戻れば新鮮です。指痕が残る場合は避けましょう。
臭い: 新鮮な魚は海や川の自然な香りがします。強い魚臭さがある場合は新鮮ではありません。
ベトナムの市場では、魚を購入すると、その場で内臓を取り除いたり、切り身にしたりするサービスを提供してくれることがほとんどです。追加料金なしでこのサービスを受けられるのは大きなメリットです。
価格と交渉のコツ
ベトナムの市場では価格交渉が一般的です。魚の価格は季節や品質によって大きく変動しますが、
2024年時点の一般的な価格帯は以下の通りです。
魚の種類 | 例 | 価格(VND/kg) | 価格(円/kg) |
---|---|---|---|
一般的な淡水魚 | カー・ロック、カー・ディエウ・ホン | 50,000〜80,000 | 約300〜480円 |
一般的な海水魚 | カー・トゥー、カー・ビエン | 80,000〜150,000 | 約480〜900円 |
高級魚 | カー・チェム、カー・ムー | 200,000〜400,000 | 約1,200〜2,400円 |
<価格交渉のコツ>
・最初に提示された価格の60〜70%程度から交渉を始める
・大量に購入する場合は割引を求める
・地元の人が多く買い物する時間帯(早朝や夕方)に行く
私の経験では、ベンタイン市場(ホーチミン)やドンスアン市場(ハノイ)などの観光客向け市場では、地元の小さな市場と比べて2〜3倍の価格設定になっていることがあります。
可能であれば、地元の人が利用する市場に足を運ぶことをお勧めします。
スーパーマーケットでの購入
都市部では、スーパーマーケットでも魚を購入することができます。Co.opmart、Big C、WinMartなどの大型スーパーでは、衛生的に包装された魚を購入できます。
市場と比較すると以下のようなメリット・デメリットがあります。
・価格が明示されていて交渉不要
・衛生管理がされている
・エアコン完備の快適な環境
・クレジットカード決済が可能
・市場より10〜20%程度高価
・鮮度が市場ほど良くない場合がある
・種類が限られている
・その場で調理してもらえない
駐在員や長期滞在者の多くはスーパーを利用するパターンが一般的とは思いますが、新鮮で安い魚を買うため市場で買っているという日本人も私の周りにいます。
ベトナムの伝統的な魚料理
ベトナム料理において、魚は主役級の食材です。各地域で異なる調理法や味付けを楽しむことができます。
ここでは特に代表的なベトナム魚料理をご紹介します。
北部の代表的な魚料理
チャー・カー(Chả Cá)
ハノイを代表する魚料理で、特に「チャー・カー・ラ・ヴォン」の店名で有名です。白身魚(通常はカー・ランまたはカー・チェム)をターメリックとディルで味付けし、テーブルで調理します。ハノイ旧市街には専門店が軒を連ねています。
カー・コイ(Cá Kho Tộ)
土鍋で煮込んだ魚の料理で、魚醤、砂糖、唐辛子などで味付けされます。じっくり煮込むことで、魚の旨味が凝縮された一品です。
カー・ハップ・ザー(Cá Hấp Xả)
レモングラスを使って蒸した魚料理。シンプルながら魚の鮮度と風味を最大限に引き出す調理法です。
中部の代表的な魚料理
ブン・カー(Bún Cá)
フエ地方の名物で、魚のつみれとライスヌードルのスープ。レモングラスやミントなどの香草が効いた爽やかな味わいです。
カー・ニュン(Cá Nướng)
魚を丸ごとバナナの葉に包んで炭火で焼く中部の伝統料理。香ばしさと共にバナナの葉の香りが魚に移り、独特の風味を楽しめます。
ネム・カー(Nem Cá)
魚のすり身を発酵させて作る中部の珍味。酸味があり、ライスペーパーで巻いて野菜と一緒に食べます。
南部の代表的な魚料理
カー・コ・トー(Cá Kho Tộ)
北部のカー・コイに似ていますが、南部ではココナッツジュースを加えて甘めの味付けになっています。メコンデルタ地域の家庭料理の定番です。
カー・ロック・ヌン(Cá Lóc Nướng)
ライギョを炭火で焼き、ライスペーパー、野菜、麺と一緒に食べる南部の人気料理。特にアンザン省の名物です。
カーリー・カー(Cà Ri Cá)
南部特有のココナッツミルクを使った魚のカレー。インドやマレーシアの影響を受けた料理で、バゲットと一緒に食べることも多いです。
魚醤(ニョクマム)文化
ベトナム料理を語る上で欠かせないのが「ニョクマム(Nước Mắm)」と呼ばれる魚醤です。小魚(主にアンチョビ)を塩漬けにして発酵させた調味料で、ベトナム料理の基本的な味わいを作り出しています。
特に高品質なニョクマムは、フーコック島やファンティエットで生産されており、等級によって価格や風味が異なります。最高級品は「ニョクマム・ニン(Nước Mắm Nhĩn)」と呼ばれ、タンパク質含有量が高く、まろやかな風味が特徴です。
私自身、最初はその強烈な香りに戸惑いましたが、今では料理に深みと旨味を加える素晴らしい調味料だと実感しています。
特にニョクマムとライムジュース、砂糖、唐辛子、ニンニクを混ぜた「ニョクチャム(Nước Chấm)」は、あらゆる料理の味を引き立てる万能調味料で、私も大好きになりました。
参考データ:ベトナム伝統料理保存協会の魚料理データベース
http://www.vietnamculinary.org/
地域別・魚市場ガイド
ベトナム各地の魚市場は、その土地の文化や食習慣を知る上で貴重な場所です。主要な魚市場と、そこで見られる特徴的な魚をご紹介します。
ハノイ周辺の魚市場
ロンビエン市場(Chợ Long Biên)
ハノイ最大の卸売市場で、深夜から早朝にかけてが最も活気があります。
紅河からの淡水魚や、沿岸部から運ばれてくる海水魚が豊富に並びます。特に淡水魚のカー・チェップ(コイ)やカー・ロー(ナマズの一種)が有名です。
ドンスアン市場(Chợ Đồng Xuân)
ハノイ旧市街にある歴史ある市場で、2階建ての建物内に魚売り場があります。観光客も多く訪れますが、地元の人々の日常的な買い物の場でもあります。
ホムマーケット(Chợ Hôm)
ハノイ中心部にあり、比較的小規模ながら品質の良い魚が揃う市場です。特に生きた淡水魚が豊富です。
中部の魚市場
コンマーケット(Chợ Cồn)
ダナン最大の市場で、海水魚の種類が豊富です。特にカー・ホン(赤鯛)やカー・チェム(スズキ)などの高級魚が手に入ります。
ドンバ市場(Chợ Đông Ba)
フエの中心部にある歴史的な市場で、フエ料理に使われる特産の魚が並びます。特に小型の淡水魚を使った発酵食品が特徴的です。
ホイアン市場(Chợ Hội An)
世界遺産の街ホイアンの中心にある市場で、早朝には地元の漁師から直接仕入れた新鮮な魚が並びます。特にトゥーボン川の河口で獲れる魚介類が有名です。
南部の魚市場
ビンディエン市場(Chợ Bình Điền)

Googlemapより引用
ホーチミン市最大の卸売市場で、深夜0時から朝6時頃までが最も活気があります。メコンデルタから運ばれてくる淡水魚や、カマウ半島から運ばれる海水魚など、種類の豊富さは圧巻です。
ベンタイン市場(Chợ Bến Thành)
ホーチミン市の観光名所としても有名な市場で、魚売り場は市場の奥にあります。観光客向けの価格設定ですが、種類は豊富です。
カイラン市場(Chợ Cái Răng)
カントー市にある水上市場で、メコンデルタの魚が豊富に並びます。特にカー・チャー(パンガシウス)やカー・ロック(ライギョ)など、淡水魚の品揃えが素晴らしいと言われています。
観光客向けのボートツアーもありますが、早朝5時頃に訪れるとより本物の市場の雰囲気を味わえます。
市場訪問のコツ
ベトナムの魚市場を訪れる際のコツは以下の通りです。
服装: 床が濡れていることが多いので、サンダルなど濡れても良い靴で
言語: 基本的なベトナム語の数字や「いくら?」(Bao nhiêu?)を覚えておくと便利
支払い: 小額紙幣を用意しておく(大きな紙幣はおつりが出ないことも)
写真撮影: 許可を取ってから撮影する(特に人物を含む場合)
私がよく利用するのはドンスアン市場(ハノイ)ですが、初めて訪れた時の活気と規模に圧倒されました。
特に驚いたのは、その種類の多さです。地元の人に混ざって買い物をすることで、ベトナムの食文化を肌で感じることができます。
外国人のためのベトナム魚料理の楽しみ方
ベトナムを訪れる外国人や駐在員が、現地の魚料理を安全かつ美味しく楽しむためのアドバイスをご紹介します。
レストランでの魚料理の注文方法
ベトナムのレストランで魚料理を注文する際のポイントは以下の通りです。
<鮮度の確認>
多くの海鮮レストランでは生け簀があり、そこから魚を選ぶことができます。目の透明度や全体的な活発さをチェックしましょう。
<調理法の選択>
一般的な調理法には以下があります。
Hấp(ハップ): 蒸し料理
Nướng(ヌン): 焼き料理
Chiên(チエン): 揚げ料理
Kho(コー): 煮込み料理
Lẩu(ラウ): 鍋料理
<価格確認>
特に生け簀から選ぶ場合は、必ず価格を事前に確認しましょう。通常は100gあたりの価格が表示されています。
<サイズの目安>
ベトナム人は大きな魚を好む傾向がありますが、2〜3人であれば500g〜700g程度の魚が適量です。
多くのベトナムのシーフードレストランでは、英語メニューが用意されていますが、時に翻訳が不正確なこともあります。
スマートフォンの翻訳アプリを活用するか、可能であれば写真付きメニューを選ぶとよいでしょう。私はどうしても通じない時には、Googlemapでその店の写真の中からメニューを選んで見せるようにしています。
ベトナム魚料理を楽しむためのマナー
ベトナムの食事マナーは比較的カジュアルですが、魚料理を食べる際に知っておくと良いポイントがいくつかあります。
魚の頭: ベトナムでは魚の頭は最も美味しい部分とされ、目や頬肉は尊敬される客や年長者に勧められることがあります。
骨の扱い: 食べた魚の骨は、自分の取り皿や専用の小皿に置きます。テーブルクロスの上や床に捨てるのはマナー違反です。
共有の取り分け: 大きな魚料理は通常テーブルの中央に置かれ、各自が自分の小皿に取り分けて食べます。自分の箸で直接大皿から食べないようにしましょう。
調味料の使い方: 魚料理には通常、レモンやライム、唐辛子、塩コショウを混ぜた特製のソース(ニョクチャム)が添えられます。好みに応じて使いましょう。
ベトナムの食文化では、食事は単なる栄養摂取ではなく社交の場でもあります。特に魚料理は家族や友人と共有する特別な料理とされています。現地の人々と食事をする機会があれば、彼らの食べ方を観察し、真似してみるのも良いでしょう。
私自身、最初は魚の頭を食べることに抵抗がありましたが、現地の友人に勧められて試してみると、頬肉の美味しさに驚きました。ベトナムの魚料理を楽しむには、少しの冒険心と好奇心が大切です。
参考データ:ベトナム観光総局の食文化ガイド
http://vietnamtourism.gov.vn/
まとめ
ベトナムの魚文化は、単なる食の一部分ではなく、歴史や地理、文化が複雑に絡み合った豊かな伝統です。
市場で地元の人々と交流しながら新鮮な魚を選び、レストランで地域特有の調理法を楽しみ、そして可能であれば自宅でベトナム風の魚料理に挑戦してみてください。
その経験はきっと、ベトナムという国をより深く理解するきっかけになるでしょう。