ベトナムにおける日本語学習の人気はこの10年で急速に高まっています。
「ベトナム人がお金を稼ぐために学んでいるから、自分には関係ない」と考える方が多いかもしれませんが、ベトナム人が日本語を学ぶことは両国にとって多くのメリットをもたらします。
ベトナム人にとって、日本語を習得することは就職やキャリアアップの大きな武器となり、日本企業での雇用機会が広がります。
また、日本文化への興味や親しみを深めるきっかけにもなるでしょう。
一方、私たち日本人にとっても、ベトナム人が日本の文化やビジネス慣習を理解してくれることは、プロジェクトや取引の円滑な進行に繋がります。
ベトナム人が日本語を学ぶことは、彼ら自身だけでなく、日本社会全体にとっても大きなメリットがあるのです。
今後進展する両国の関係において、日本語教育はその架け橋として重要な役割を果たすでしょう。
では、なぜここまで日本語学習の人気が高まっているのでしょうか。
この記事では、ベトナム在住10年の筆者の視点から、現地での日本語教育の現状やベトナム人が日本語を学ぶ理由、そして彼らが直面する困難についてお伝えします。
ベトナムでの日本語学習の現状
2021年度の調査によれば、ベトナムでの日本語学習者数は約169,582人に達し、これは世界で6番目に多い数字です。
しかし実情は約70%の学習者が学校外で日本語を学んでいるというデータもあり、実際の学習者数はこれを上回ると考えられています。
ベトナムでの日本語学習者数
年度 | 日本語学習者数 |
2015年 | 約64,863人 |
2018年 | 約174,521人 |
2021年 | 約169,582人 |
ここ10年の学習者数の推移を見てみると、2015年、ベトナムにおける日本語学習者は約64,863人で、世界で7位の規模でした。
この時期より日本語学習への関心が高まり始めていました。
2018年、日本語学習者数は約174,521人に達し、増加率は269%と世界一を記録しました。
この増加は、ベトナムの経済成長や日本企業の進出、技能実習生制度の拡大などが影響しています。
2021年、学習者数は減少しているように見えますが、世界で第6位の学習者数を維持し、以前として日本語学習熱が高いことを示しています。
この増加の背景にはベトナム政府の教育政策があります。
日本語教育は2007年から高等学校の正式な外国語科目として導入され、2016年にベトナム政府は第二言語として英語以外に日本語を取り入れることを決定し、2021年2月時点で63省市のうち10省市において日本語教育が行われています。
これにより初等教育段階からの日本語学習が促進されています。
さらに、大学や専門学校が日本語コースを開設し、日本語能力試験(JLPT)を導入するなど、日本語学習の機会を促進しています。
日本語能力試験(JLPT)の受験者数の推移
日本語を母国語としない人を対象とした日本語能力検定は、日本語を学ぶベトナム人の多くが受験します。
受験目的としては、就職や昇給のための実力測定に活用されます。
ベトナムでは、日本語能力試験(JLPT)が年2回実施されており、受験者数は増加しています。
これにより、日本語学習者のモチベーション向上や学習成果の評価が行われています。
JLPT 受験者数の年次推移
年 | 総受験者数 | ベトナム人受験者数 |
2015年 | 約80万人 | 約10,000人 |
2016年 | 約90万人 | 約12,000人 |
2017年 | 約100万人 | 約15,000人 |
2018年 | 約105万人 | 約20,000人 |
2019年 | 約115万人 | 約41,151人 |
2020年 | 約60万人(新型コロナウイルスの影響で7月試験中止) | 約12,000人 |
2021年 | 約90万人 | 約28,562人 |
2022年 | 約140万人 | 約33,657人 |
過去10年間で、JLPTの受験者数は大きく増加しています。ベトナム人受験者数は、2015年の約1万人だったのに対し、2022年には約3.3万人へと増加しました。
近年、特に若者を中心に高い関心が寄せられています。
日本語能力試験(JLPT)は、ベトナムにおける日本語教育の一つの指標となっています。
JLPTは就職や留学の際の重要な指標となるため、多くのベトナム人がこの試験を通じて自らの日本語能力を証明しようとしています。
ベトナム人応募者数の推移を2015年から2019年のレベル別(N1〜N5)で見てみると、初学者レベルのN5、N4だけでなく、日本語をある程度理解できるN3レベル、ビジネスでも通用するN2レベル、幅広い日本語コミュニケーションが可能なN1レベルが増加していることが分かります。
ちなみに、日本語能力検定のレベルはN1~N5まで5段階にわけられ、N1が最も難しい設定です。
ビジネスシーンで日本語を使用する場合、N2以上のレベルが望ましいとされています。
N1からN5までの日本語能力の目安は、以下の表を参考にしてください。
レベル | 日本語能力の目安 |
N1 | あらゆる場面で使われる日本語を理解することができる |
N2 | 日常会話に加え、ビジネスシーンなどより幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる |
N3 | 日常的な場面で使われる日本語(日常会話)をある程度理解することができる |
N4 | 基本的な日本語を理解することができる |
N5 | 基本的な日本語をある程度理解することができる |
引用:日本語能力検定試験HP
ベトナムで日本語教育が人気の理由
歴史的なつながりがあり親日家が多い
そもそもなぜベトナムで日本語教育の人気があるのでしょうか?
理由の1つは、歴史的な背景と文化的なつながりからくる親日感情に起因します。
日本とベトナムは共にアジアの一員として、長年にわたって密接な関係を築いてきました。
例えば、日本政府のODA(政府開発援助)によるインフラ整備支援や教育プログラムの提供など、日本はベトナム戦争後の復興支援に貢献してきました。
こうした日本の取り組みはベトナムの経済発展や社会の安定に寄与し、多くのベトナム人が日本に対して感謝と尊敬の念を抱くようになりました。
現地にいると「(アジアの中で)日本は素晴らしい」という親日コメントをよく耳にします。
文化的なつながりもあり日本の文化に好印象
また、べトナム人は日本の製品、サービス、システムへの関心や信頼が高く、また、若い世代を中心に、漫画・アニメ等のポップカルチャー、ファッションから芸術、文学まで様々な関心を有する層が一定程度存在しています。
アニメや漫画、和食など日本のポップカルチャーはベトナムで広く受け入れられ、ベトナムの日常生活に溶け込んでいます。
このことも若い人が日本語を学ぶきっかけの1つになっています。
ベトナム国内での日本企業の存在感
日本企業のベトナム進出もまた、日本語教育の人気に大きく貢献しています。
製造業やサービス業をはじめとする多くの日本企業がベトナムに拠点を構え、現地の雇用を創出しています。
ベトナム人は日本語ができることで、日本企業での就職の機会が広がるのです。
これが、就職やキャリアアップなどの経済的なメリットのある日本語を習得しようというトレンドにつながっています。
日本へ留学したり、技能実習生としてベトナムから日本へ働きに出たりする若い人も多く、出発前から一定の日本語能力を持つ人材が増加しています。
具体的な目標があるために、学習意欲や適応能力も高い傾向にあります。
ベトナム人が日本語や日本文化を学ぶ上での困難
日本語の文法や漢字の難しさ
しかし、ベトナム人にとって日本語習得は難しく、日本語を学ぶ上での最初の壁となるのは、日本語の独特の文法構造や漢字の多さです。
ベトナム語はアルファベットを使用しており、ベトナム人にとっては漢字を学ぶこと自体が新しい挑戦になります。
日本語には「ひらがな」「カタカナ」「漢字」の三種類の文字があり、特に漢字は数千種類存在します。
画数が多く、似たような形の漢字も多いため、覚えるのが難しいと感じる学習者が多いようです。
さらに、漢字には音読みと訓読みがあり、それぞれの使い方を理解する必要があります。
文法の面でも多くの課題があります。
日本語の文法は、ベトナム語や英語とは異なる構造を持っています。
特に、日本語では主語が省略されることが多く、文脈によって意味が変わるため、この点は初心者には理解しづらい点です。
また、日本語の動詞には多くの活用形(丁寧形、辞書形、可能形など)があるため、これらを使いこなすには相当な練習が必要です。
日本語教材や教育環境の不足
「ベトナムの日本語教育においては、初等・中等教育、高等教育のいずれにおいても、教師の数的な不足、質的な向上の必要性が大きな課題となっています。」 (「国際交流基金 – ベトナム(2020年度)」より)
また、ベトナムでは日本語学習のための教材や教育環境がまだ十分に整っていないことも課題です。
日本語を教える教師の質や数が不足しているため、学びたい人々が十分な教育を受けられない状況があります。
また、教材も限られており、特に地方に住んでいる学習者にとっては、適切な学習環境を整えるのが難しい現状です。
JICA(国際協力機構)によるボランティア派遣や、日本語パートナーズの支援があり、教師の質を向上させる取り組みが進められています。
日本文化の違いによる誤解や摩擦
さらに、日本語を学ぶ際には文化の違いによる誤解や摩擦が発生することも少なくありません。
日本とベトナムの文化は異なる部分が多く、言語を学ぶ中でその背景にある文化も理解する必要があります。
例えば、日本のビジネスマナーや社会的な習慣は、ベトナム人にとっては理解しづらい場合があります。
このような文化の違いによる摩擦を克服するために、ベトナム人は言語だけでなく文化の学習も並行して学ばなければなりません。
まとめ
ベトナム人にとって日本語を学ぶことは、大きなメリットとチャンスになるため、ベトナムでは日本語教育が人気になっています。
具体的には、日本企業への就職やキャリアアップ、ビジネスパートナーシップの強化、国際交流の促進など、多くの面で有利に働きます。
日系企業にとっても、日本語や日本文化に通じたベトナム人が増えることによって、現地でのプロジェクトの進行やチームの連携も円滑に行えるようになります。
このように、ベトナム人が日本語を学ぶことで、日本とベトナムのビジネス関係がより強固なものとなり、双方にとって利益を生む相乗効果をもたらしているのです。
一時的な親日感情や漫画・アニメ人気にとどまらず、日本語を学ぶベトナム人が増加し、今後もベトナムと日本の架け橋として活躍することが期待されています。
この記事が皆様のお役に立てば幸いです。